実体験レポート
私のラヴィはフィンランド帰り
4.散歩(後編)−犬は高所恐怖症??
再び、雨の降らなかった日、丘を超えて森を抜けて・・・という散歩コースを完走しようと、自転車をボートに積んで島から脱出しました。
もちろん、牧場を横切る際に、牛達を横目でチラリと見たものの、ラヴィは近寄ろうとしません。自慢げに颯爽と通り抜けていきます。
途中、一日に何台かの車が通る道に差し掛かり、少しリードはつけたものの、ほとんどノーリードでラヴィはあちらこちらより道をしながら、自由気ままに散歩を楽しんでいます。
途中、珍しく観光客らしいフィンランド人の団体に出くわしました。何だろうと思っていると、丘を上りきったところに、その地域全体が見渡せる木造のタワーがあるではないですか。これは、登ってみる価値はあると私達も登ってみることにしました。
きしきしきしむ木造の螺旋階段は、人が一人通るのがやっとの広さです。途中、降りてくる人達とすれ違う時には、私でさえも下を見るのが怖いくらいの狭さです。
ラヴィはどうかというと・・・・、
そんなことは、気にする様子もなく、私達の前をすたすたすたすた勝手に登っていくではありませんか。よく、上に何があるか分からない階段は犬は登らないものだ・・・ということを読んだり耳にします。ラヴィは例外のようです。板一枚並んでいるだけの螺旋階段は、ラヴィの視線からすると、下は丸見え、どのくらい高いところに上っているかということも分かっているはずです。
やはり、天涯無敵だったんだ・・・・、と思いながら、人間達はハアハア息を切らせ、塔に登っていきました。丸い形の展望台は螺旋階段に通じる大きな穴があり、その回りに、今にも朽ちそうな板が、人二人立つのがやっとというほどの狭さで並んでいます。私達が螺旋階段を登りきるのを今か今かと待ち構えたように、尻尾を振ってラヴィは展望台で待っています。
螺旋階段を登りきると・・・・
なんと素敵なのでしょう。
180度に広がる視界には、森、湖、サマーコテッジが建つ島々、澄んだ空気、どこまでも続く空、言葉では言い表せないすばらしいものです。自然の景色を堪能している私の足元で、”私も、私も”といいたげに、ラヴィは私を見上げています。ラヴィにもこの景色を満喫させてあげなければ・・・と思った私は、ラヴィの前足を手すりにかけてあげることにしました。
喜び勇んで、手すりに飛び上がったのはいいのですが・・・・。
3秒ほど固まって景色を見た後、手すりから一目散に前足を下ろし、階段を降りようとするではありませんか・・・。この勢いで降りて、途中人が登ってきては危ないと思った私達は、ラヴィが降りられないように押さえつけなくてはなりませんでした。その間も、少しのすきにその場から逃げようとするラヴィを押さえつけているのは至難の技。
全く、自分が螺旋階段を登っている時に、”高いところに登っている”という感覚はなかったのでしょうか?後悔先に立たずとはこのこと。ラヴィにとっては、自分が高所恐怖症だということに始めて気がついた一瞬でした。
それでも、高所恐怖症を克服すべく、マルコ君はラヴィを抱き上げ、怖くない怖くないとおまじないをするがごとく景色を見せていましたが、もちろん逆効果。マルコ君の腕の中で、どこに目を添えていいのか全く分からず、再び固まってしまったのでした。
人が入れ違いに登ってこないことを確認の上、ラヴィを離すと“光”のごとく、螺旋階段を降りていってしまったのはいうまでもありません。それでも、何事もなかったのように、階段の下で、尻尾を振って私達を待っているラヴィの姿は十二分に滑稽でした。
その後、森の中の自転車が通れない道なき道を私はひたすら歩き、マルコ君は私の自転車をかつぎ、ラヴィは自慢げに私達の道案内役をかってでたごとく、私達の前を少し行っては待ち、少し走っては待ち、自分が高所恐怖症だったという恥ずかしい認識は一体どこに行ってしまったのやら・・・と思わざるをえませんでした。
新しい発見、”ラヴィは高所恐怖症”だったこと。そして、”いやなことは次の瞬間忘れる”というとっても都合のいい性格だとういうこと、でした。
私達人間も、ラヴィのようにいやなことは次の瞬間すぐに忘れて、楽しいことだけへの執着心で生きられたらどんなに幸せか・・・・、とあらためて思わされた一日でした。
次回予告: 5.競争
お楽しみに。☆
Written by MOTOM
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